関連史跡

周辺史跡

島広山(石井の営所跡)

石井の営所の所在地で、王城建設の地ともいわれています。


延命寺(島の薬師)

かつて国王神社の別当寺であった寺院で、元々は国王神社のすぐ東側にありました。
将門公の守り本尊の薬師如来、薬師堂は江戸時代に火災に遭い、現在は仮堂のままです。
相馬氏の崇敬が厚いお寺です。


九重の桜

将門が京の紫震殿から移植したと伝えられていますが、室町期に末裔の平守明が植えたものです。


石井の井戸

将門が王城を建てようとした時、相馬地方に適地がなく、猿島の野に「島広山」という結構な地を見つけてこの地に決定しました。
野を駆け巡った将門が、喉が渇いて水が欲しくてたまらなくなったとき、遠方より「水」と一声あり、声のした方に行ってみると大石の傍らに老翁が立っていました。
将門を見ると大石をさし上げ「エイッ」とばかり大地に打ち込んだ途端、そこから水が湧き出しました。
度肝を抜かれた将門は、「あなた様はどんなお方ですか」と尋ねると「久方の光の末のかげうつる石井を守る翁なりけり」とかき消えたといいます。 星占いをして発見した井戸である、将門の産湯、将門の首を洗ったなどの言い伝えもあります。


一言神社

承平5年(935年)の創建で、石井の井戸を湧かせた伝説の翁を祀った神社です。将門の守護神として崇敬を受けました。


富士見の馬場

将門の軍馬訓練の馬場だった場所。馬市も開かれていたと伝えられています。昭和の頃は、西南の方角に富士山が大きく見えました。


延命院(胴塚)

神田山如意輪寺延命院。
坂東市神田山地区にあって、将門公の胴塚があることから「将門山」と呼ばれています。
ご本尊は延命地蔵菩薩。本堂は昭和39年に不審火で焼け、現在は不動堂と観音堂が現存しています。

不動堂の裏に大きな榧の木が立っており、木の根元には円墳があります。
この塚が、将門山または神田山と呼ばれる将門公の胴塚です。

坂東市観光協会
国王神社鎮座の地、坂東市による
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